推測はほとんど外れて当たり前

皆さんは、日々の生活の中で、毎日、どのくらいの推測をしていますか?

小さなことから大きなことまで、色々な人の動きや心の反応まで、推測しながら生きています。

これは、想像力が豊かであり、先見の明があるという、諺があるように、将来の事柄について見通す力や見識の力は、生きていくうえで、必要な時もあります。

しかし、度を超してしまうと、自分の推測することが当たり前(正しい)となってしまい、その思いは、決めつけという罠にはまってしまいます。

推測は、自分の当たり前から考えるので、自分の常識は、他人の非常識、相手の当たり前とずれていることが当たり前なんだとか。

だからこそわからないことは考えない

そして、推測の域でモヤモヤしている時は、相手のことは相手に聞く意外にわからないものであるということ、忘れないで、シンプルに生きていきたいものです。

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