皆さんは、日々、どのような事柄に対し、我慢をしていると、感じているでしょうか?
大好きな食べ物や飲み物を今日はやめたという時や、人間関係の中で、誤解が生じた時に、自分の思いは違っているけれど、相手の気分を害してはいけないと思い、口に出すのをやめた時など、
様々な場面で、「我慢をする」といことを感じているかと思います。
そして、この心の作用は、意識的にだけでなく、その人の育ってきた環境から、無意識に感じているということもあるかもしれません。
この我慢をするという言動の中には、自分を押し込める・隠すという心の動きがあるということを、忘れてはいけません。
「対・物」に関していうなれば、我慢しよう我慢しようという、抑圧な思いが積み重なり、意識は常に我慢をする対象物に向けられてしまうので、
それはそれは、苦しい思いでしかありません。
「対・人」に関していうなれば、私さえ我慢すれば・・という、こういった思いが、自己犠牲的思考をどんどん助長し、自分を見失い、これもまた、苦しい思いでしかありません。
ではどうしたらよいのか・・・
その「我慢をしている」と感じる対象物に対し、なぜ、自分はそのような言動を取ったのかを熟考することが大切です。
つまり、その選択は自分の為であるということを理解することで、我慢しているのではなく、自分がその選択をしたほうが、幸せだからということに気が付くということなのです。
でも、もしかしたら、その選択は、自分の幸せの為ではない選択肢を選択しているとしたら、これからの人生で、その選択基準を変えることが、心健やかな日々を送るうえで、大切なことになっていきます。
他人の物差しではなく、自分の物差しを大切に生きていくことが、心の暴走を鎮め、つまるところ、自分を制御しているということに繋がっていきます。
一度の人生、何となく生きるか、自分の人生を丁寧に熟考しながら生きるかでは、心の健やか度も大きく違ってきます。
日々の生活の中で、自分の体と心を使い、「自分をコントロールする」ということ意識してみるのもいいかもしれません。