この世の有限について考えること

みなさんは、ご自分を取り巻く環境の中で、物質的・精神的な物の中で、
「有限・無限」について、考えたことがあるでしょうか?

例えば、物質的な物であれば、家や車、お金や、愛着のある服やお店だったり、

また、精神的な面でいうなら、両親だったり、友人や家族、そして命だったりします。

私たちは、この世の物質的・精神的なものに対し、
無意識下で、有限なものであるような錯覚や思い込みをすることで、
現実という名の恐怖や不安から目をそむけているのかもしれません。

でも、よく考えると、物質的な物は年月とともに劣化したり、
自分の環境や好みなどが変化することで、いつかは終わりがきます。

また、精神的な面でも、いつまでもいると安心している両親や友人・家族も、
不慮の事故や病気になり、いつかはこの世を去ることになります。

つまり、私たちは、生まれた瞬間から、すべての生き物は
『死』へと向かっています。

ただ、このことを考えるということは、なかなかしません。
なぜなら、私たちの最大のストレスとは死への恐怖
と言われているくらい、一寸先に何が起こるかわからない世界だからなのです。

ただ、だからと言って、
死に対して、何も考えないのも、
ご自分の人生を全うするうえで、もったいないことなのかもしれません。

そして、ここで言う考えるというのは、
まだ目の前で起きていない未来のことを

あ~なったらどうしよう
こうなったらどうしよう

考えるということではありません。

そういった思いは、邪念や想念となり、
ご自分を苦しめてしまいます。

そういう考えるではなく、
もし、病気になった時、お医者さんから言われるまま
ご自分のことを任せっきりにするのではなく、

自分のその後の人生のどう生きていきたいのか、
考えておくということは、QOL(生活の質の向上)
を考える上で、とても大切なこととなります。

有限であるこの命について、
この機会に熟考してみるのもいいかもしれません。

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